クロガネ・ジェネシス
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第一章 海上国家エルノク
第1話 ドラゴンの埋葬
トレテスタ山脈。そこはエルノクと言う国を徒歩で繋ぐ唯一の道だ。エルノクに1度も行ったことのない零児は、どんな国なのかと思いを馳せていた。
トレテスタ山脈を半分過ぎた頃、山脈から見える景色はこれまでのような広大な大地ではなく、どこまでも広がる青い海だった。
現在零児達はトレテスタ山脈最後の休憩広場にいる。
その広場の宿屋で朝食を取る少年1人と少女が4人。
そのうちの1人、腰まで伸びる黒髪をらせん状にリボンでまとめた少女がいる。
「それにしても本当に海の上に町があるんだね……」
彼女はタルタルソースをたっぷりと塗りたくられ真っ白になったエビフライを口に運びながら、口を開いた。彼女の名は白銀火乃木《しろがねひのき》。少年のような足はミニスカートからすらっと伸びている。黒髪ゆえに、白で統一された服装はよく映えており、その魅力を十分に引き立てている。
広大な海。その一部には石造りの町が広がっている。アーネスカの話だと、エルノクは5つの海上都市で構成されていて、そのうちの1つがこれから向かう町なのだそうだ。
「エルノクのご先祖様はなんだって海の上に町をつくろうなんて考えたんだかねぇ」
隻腕にしてパーティ中唯一の男、零児もまた火乃木と同様、海の上に町が連なっているというのには驚いた。
「やっぱ漁業が盛んなのか?」
零児は話を同じテーブルについていた金髪の女性に振る。
スレンダーな体をブリリアントブルーの法衣服に身を包んだ長身の女性、アーネスカが答える。
「ん〜。実を言うとあたしも何が盛んなのかはよく覚えてないのよね〜。何せあたしがエルノクにいたのって10歳までの頃だからさ」
アーネスカはかつてエルノクで暮らしていたらしい。妙に詳しいなと思って聞いてみたら、案の定アーネスカはエルノクの人間だった。
「そういやそうだったな。けど、首都アルテノスには亜人と人間の軋轢《あつれき》を無くすヒントがあるんだろう?」
零児の目的は亜人と人間の軋轢を無くすこと。零児がエルノクを目指すのはそのためのヒントが欲しいからだ。
「アルテノスの一部の地区では、亜人を教育して人間と共生を目指す活動が、活発に行われているそうだから、話を聞いて回ってみるってだけでも何かのヒントになるかもね」
「それは楽しみだ」
零児はキャベツやレタスがあしらわれた生野菜サラダを口に運ぶ。
「クロガネくんは、エルノクで何らかのヒントを得た後はどうするつもりなの?」
もぐもぐと口を動かす零児に、ショートカットの女性が話しかける。零児は口の中のものをゴクンと飲み込んでから答える。
「……あまり考えてないな」
答えながら零児は彼女、ネレス・アンジビアンを見る。
彼女は本名こそネレスだが、周りにはネルと呼ばせている。零児は彼女の真意をはかりかねていた。
大量に現れた蛇や、巨大な芋虫に体を乗っ取られたりと、酷い思いをした古城から脱出した日のこと。ネルは零児に好きだと告白したのだ。
ネルはその晩、零児と添い寝をした。幸い(?)男女の関係になることはなかったが、ネルはそれ以降、いつもと同じように零児と接し始めていた。
告白なんてなかったかのように、いつもとまったく同じ調子で。
今後彼女とどのように付き合っていこうかと色々考えたことは取り越し苦労だったから、零児にとってはある意味いいことではあるのだが。
「もし、エルノクって国で亜人と人間の軋轢を無くすために、何らかの運動が俺に出来るのなら……多分俺は、エルノクでその活動を始めると思う。俺に何が出来るのかは分からないけどな」
「だとしたら、このパーティもその時点で解散ってことになるわね」
「そうなるかもな」
アーネスカの言うとおり、エルノクで零児が自分なりに亜人と人間のためにやるべきことを見つけることが出来たらそこで旅は終わるかもしれない。
――そうなったらこのパーティは今後どうなるんだろう?
「レイジは……」
「うん?」
銀色の髪の毛と白い肌を持つ少女、シャロンが口を開く。
「レイジは人間と亜人の軋轢をなくしたいんだよね?」
「ああ」
「私も、それ……手伝うよ」
「ありがとうな。シャロン」
「私は、レイジに助けられたから。レイジが命の限りやろうとしていること、私もやる」
「そっか……」
シャロンの思いが伝わり零児は少し心が温かくなったような気がした。
「アーネスカ。エルノクにはどれくらいで到着する予定だ?」
「多分夕方には到着すると思う。そこから夜行便の船に乗って、首都アルテノスを目指すのよ」
「船……か」
零児は自分の食事を口に運んだ。その顔は心なしか青かった。
朝食もそこそこに、一行は昨晩一泊した宿を後にし、エルノクへ向かって歩き出した。
「なあ、アーネスカ」
「何?」
「その馬どうするんだ?」
零児はかねてより疑問に思っていたことを口にした。
トレテスタ山脈の登頂開始の頃までは馬車に乗って移動していた。しかし、ある事件で1頭馬が亡くなり、残った馬は現在車としてではなく、旅を共にする存在として旅をしている。
「改めて聞かれても困るけど、パーティ解散になったら考えるわ。一緒に連れてきた仲間だし、あたし1人ルーセリアに戻るなら鞍《くら》つけてあげれば乗れるしね」
「そうか」
そんな会話をしつつ、5人はエルノク目指して歩く。
道中はずっと森の中だ。そんな最中5人は足を止めた。
森は深く、抜け出るには今しばらくかかりそうな時だった。
『ィィィィィィィィイイン!!』
零児達の頭上で何かが鳴いた。
「なんだこの鳴き声?」
「クロウギーンね」
「クロウギーン?」
聞いたことの無い名前に零児はアーネスカに疑問で返した。
「雑食性で、人間には絶対懐かないといわれているちょっと小型のドラゴンよ。エルノクが近づいている証拠だわ」
「人間を襲うことはあるのか?」
「ないわ。クロウギーンは雑食性ではあるけれど、人間を襲うほど凶暴ではない。こっちから攻撃を仕掛けた場合は別だけどね」
「そりゃ良かった。無駄な体力を使わずにすむ」
「そうね」
「でもさ……」
火乃木が空を見上げる。彼女の髪の毛が風に揺れた。
「なんか……悲しそう……」
「悲しそう?」
零児はじっと耳をそば立てる。
上空では相変わらずクロウギーンが鳴いている。
「俺にはよく分からんが……」
「そうかな? それに、随分多くない? 空飛んでるクロウギーン」
全員が上空を見上げる。言われてみれば確かに上空を飛んでいるクロウギーンは1匹2匹ではない。ここは森の中なのだから常にドラゴンが空を飛んでいるとは考えづらい。
4,5匹……いやもっと多いかもしれない。
「確かに妙ね……」
アーネスカも首をかしげる。
「何かあったのかしら?」
「考えていても仕方が無いさ。道を進もうぜ」
確かにここでドラゴンのことをあれこれ考えていても仕方が無い。5人はとりあえず先に進むことにした。
「なんだ、この有様……」
最初に声を発したのは零児だった。
道中は基本的に1本道だ。そんな最中。大きく開けたところがあった。そこでは、大量の木々が倒れていた。それだけではない。地面には焼け焦げた土や草花があり、何者かが戦った後が残されていた。
極めつけは無数のクロウギーンの死骸だ。血を流し、すでに息絶えているクロウギーンがそこいらに横たわっている。
「何があったって言うのかな?」
少々震えた声で火乃木が呟く。その声には、明らかに怒気がこもっていた。
その答えを出せる人間はこの場にはいない。
「さっきのクロウギーン……ひょっとしてここで起きた何かが原因で殺気立っていたのかもね……! 見て!」
アーネスカが開けた大地の中心に向かう。
零児達もその後を追う。
そこには紫色の魔方陣が描かれていた。
「誰かが魔術を発動してこんなことになったってのか……?」
「分からない。でも多分違うわ。これ見て」
アーネスカは魔方陣を注視する。
「ご丁寧に地面に魔方陣を彫った上から、蝋《ろう》を流し込んで固めてある。雨風で風化して消えないようにしてあるんだわ」
「何のために……」
火乃木は自分の胸元に布をギュっと握りしめる。
「分からないわ。ここに永続的に魔方陣を残しておきたいからってことだけは分かるけど……」
「ひどいな……ねえ、アーネスカ。あのドラゴン達、土に埋めてあげられないかな?」
それは、せめて弔《とむら》って上げたいという想いからくる発言だった。
「火乃木…………悪いけど、そんな時間は……」
アーネスカが申し訳なさそうに首を横に振る。
「いや、やろう」
しかし、そんなアーネスカの思いを知ってか知らずか、零児は火乃木の意見に賛同の意を示した。
「零児?」
「アーネスカ。火乃木はドラゴンの亜人だぜ?」
「あ……」
「俺達にとってはドラゴンの死骸に過ぎないかもしれないが、火乃木にとっては同族に等しいはずだ。それを黙って見過ごせってのは、少し残酷なんじゃないか?」
「そう言われちゃ……断れないわね」
アーネスカは若干渋々としながらも了承した。
「けどさ、クロガネくん。あの死骸を全部埋めるって結構な重労働になるよ?」
ネルの言うことももっともだ。いちいち手で掘って埋めるなんて作業をしていたら何日かかるか分かったものではない。
「何もスコップ片手にえっちらおっちら掘るわけじゃねえさ。ネルにも俺にも地面をえぐるタイプの魔術があったろ? それを使うんだ」
「なるほど」
「じゃあ、さっさと済ませてしまおう。ネル、協力よろしく」
「オッケ〜」
「サイクロン・マグナム!」
「散《サン》!」
ネルは拳の魔術で、零児は精製した武器を爆発させて地面に次々と穴をあけていく。その穴に、アーネスカと火乃木とシャロンが丁寧にクロウギーンの死骸を入れて土をかけていく。
大きさは人間と同じくらいなので対して重くは無いが、数が多いだけに時間がかかる。
「あといくつある?」
「10匹くらいかな?」
零児の問いに火乃木が答える。
埋葬作業開始からすでに2時間ほど経過していた。
「よし! ネル! あと10匹だってよ!」
「お、オッケー!」
2人とも連続で魔術を使い続けたためかなり体力と魔力を消費している。正直息も絶え絶えといったところだ。
「じゃあ、もういっちょ! サイクロン・マグナム!」
ネルは再び魔術を発動する。地面がえぐれ大きな穴が口を開ける。
零児も無限投影を発動。魔術で出来た剣を地面に突き刺す。
「散!」
そして、それを爆発させることによって穴を開ける。
それを繰り返してさらに数十分経過したころ、全てのクロウギーンの死骸を地面に埋めることが出来た。
「こんなところか?」
「そうだね」
零児とネルも肩で息をしながら存分に息を吸う。
「昼過ぎちゃったわね。今からなら、エルノクにつくのは夜になりそうだわ」
そう言いながらアーネスカは懐中時計を開き、時間を確認していた。
「ごめん、アーネスカ。ボクのために……」
「いいっていいって! それより、ここまでやったんだから、しっかり弔《とむら》ってやんなさい」
「うん。ありがとう」
火乃木は自分の着ている服を脱ぎ、ノースリーブの黒シャツ1枚になる。
「あ、みんな……」
「どうしたのよ?」
「その……亜人の姿になるから。あっち向いててくれないかな?」
「いいわよ」
火乃木は他人に亜人としての自分を見られたくなかった。自分は可能な限り人間でいたいと思うから。
アーネスカ含め4人が火乃木に背を向ける。
「レイジ……」
「ん? どしたシャロン?」
「火乃木は亜人?」
「あ、そう言えばシャロンは知らなかったっけ。火乃木は赤色龍《ルブルム・ドラゴン》って言う珍しいドラゴンの亜人なんだ」
「ふうん……」
そんなやり取りをしている中、火乃木は懐から変身のカードを取り出した。
「トランス・オフ」
途端、火乃木の背中から赤い翼が生え、髪の毛は赤く変色し、白い角が生える。せめてドラゴンとしての姿に近い姿で弔いたいのだろう。
火乃木は両膝を地面に付け、両手を合わせる。
「どうか……安らかに眠ってください……。ボクは本物のドラゴンじゃないし、人間でもないけど……それでも……祈らせてください……」
火乃木はしばらくそうしていた。それが自分に出来ることだと信じて。祈りを捧げた。
「トランス・オン」
しばらくして火乃木は再び人間の姿に戻る。ドラゴンとしての特徴はなくなり、普通の人間と変わらない姿になる。
そして、零児達の前にやってくる。
「もういいのね?」
「うん。ありがとう。ボクのわがままに付き合ってもらって」
火乃木は軽く頭を下げる。
「それじゃあ、もう行こうか? エルノクには夜につくんだったな?」
「ええ、この時間からだと夕方ってのは無理ね。ま、野宿だけは避けられるでしょ」
5人は再びエルノクへ向けて歩き始めた。
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